4日前に東北と関東で大地震が発生しました。
被災地は広く、大きな被害が出ています。
被災されたみなさまにこころからお見舞いを申しあげます。
いまだ余震が続いていますが、できるだけ早く、心身ともに安心した
日々をお過ごしいただけますように、祈っています。
発生は金曜日でしたので、ふぇみんの事務局は事務所にいました。
帰宅できず家族と落ち合い過ごした者、事務所に泊まり込んだ者も
おりましたが、全員無事です。
しかし計画停電と公共交通の混乱によって、出勤もままなりません。
ウェブサイトの更新が滞りますことは、どうかご理解ください。
会員のみなさまの情報を集めています。
今の時点で全員無事と聞いています。
(さ)
2011年3月15日火曜日
2010年8月6日金曜日
防衛省に女性自衛官裁判で控訴しないように申し入れに行きました。

画期的な判決が7月29日にあったのはご存じでしょうか。北海道の自衛隊の基地内でおきた女性自衛官に対するセクハラ事件が勝訴し、損害賠償を認められたのです。
これまでもふぇみんで取り上げてきたのですが、今日は、防衛省に控訴しないように申し入れに行くというので、支援団体、原告などと一緒に行ってきました。
最初にこの問題が起きたときに、防衛省に来たときは、けんもほろろの対応だったのですが、今日は、一応事務次官が会ってくれたので、答えはない、というような対応ではなかったのでした。
福島みずほ議員と紙智子議員も同行してくださいました。
原告は「自衛隊の中でちゃんとした対応があれば裁判までは訴えなかった」と言っていました。
詳しいことは、今度のふぇみんで判決が出たときのことも含めて報告しますね!
暑い暑い一日でしたが、すぐに北海道に帰るという彼女たちと一緒に防衛省前でお昼のじゃこ定食を食べて(おいしかった)、帰りました。
2008年8月22日金曜日
高齢女性たちのユーモアと大胆さが世界を変える!映画『マルタのやさしい刺繍』
「はい、そこの手すりにつかまって!あなたはこっち!次で降りますからね。しっかりつかまってね!」
子どもに諭しているのかな、と思った。その発想もどうかと思うが、明らかに何らかの「権力関係」を背景に繰り出されている言葉と声の調子。
しかし、後ろをふり返った私はびっくりした。言われている人たちは、高齢女性たち!
諭しているのは彼女たちより若い、おそらく施設のスタッフと思われる女性たち。
・・・気分が重くなった。以前、高齢者施設に研修に行った時も同じように感じたものだ。
なぜ年をとったからといって、こんなに主体性を奪われなければならないのだろう??・・・
なんと、80歳のマルタが念願だったランジェリーショップを開く・・という話。
高齢女性が、ランジェリー!?・・それだけでも充分に観る価値があるっていうものだが、同時にタイトルから受ける柔らかい感じに、「まさか、チャーミーグリーンじゃあるまいな」と猜疑心が沸いたのも事実。チャーミーグリーン(台所用合成洗剤の昔のCM)に出てくる、可愛くて、周囲に従順で、不平を言わず、みんなに愛されるおばあちゃん、ではあるまいか。
ところがどっこい!この映画はまったく違った。むしろ、辛辣で、パワフルで、それでいて
欲望に忠実で、ユーモアのある高齢女性たちが主人公。
スイスの山奥ののどかな村に住む80歳のマルタは、最愛の夫の死後、意気消沈し、無気力に暮らしていた。ある頼まれ事からマルタは友人たちと都会の布地屋へ。そして美しいレースを指でなでるうち、機械で大量生産された若い女性たち御用達の「安っぽい」下着をみるうち、若い時の欲望がむくむくと蘇ってきたのだ。
その欲望とは・・・パリにランジェリー・ショップをオープンさせること。裁縫の名人だったマルタはその昔、美しいランジェリーを作っていたが(もちろん手作業だ)、「最愛の夫」が
村の人には内緒にしておけと言ったので、マルタは自分がランジェリー作りの名手であることを誰にも言っていなかったのだ。
そこからマルタの挑戦と格闘が始まる。
一番にマルタに共感し、応援したのは、村では浮いた存在の「アメリカかぶれ」のシングルマザーのリージ。その後、最初は反対していた2人の友人、フリーダとハンニもマルタのショップを手伝い始める。
実はフリーダとハンニは自分が置かれている抑圧や窮屈な環境に嫌気がさし、マルタの情熱に押されて変っていったのだ。その環境とは、フリーダは何事にも許可が必要な老人施設の生活、ハンニは家事と夫の介護、息子がやるべき農場の仕事を一手に引き受けながら、息子(実は「老人を大事にする」と豪語する保守政党の地域リーダー」)によって夫とともに施設に送られようとしていること。「冗談じゃない!」
しかし、マルタと友人たちを阻むのは、「家父長的なプロテスタント社会」!
それは、「いかがわしい」とマルタを軽蔑する村人であったり、マルタの意思を聞かず無理やりショップの閉店を怒鳴りせまる息子であったりする。
でも、マルタも、友人たちも、自分が気づいた欲望と生きる情熱を手放さない。
息子たちの妨害や嫌がらせにも、ユーモアを持って撃退。
マルタの情熱は、友人たちの生きる情熱に火をつけ、ついにマルタの息子の心にも火をつける。それぞれがそれぞれの人生の場所で革命を起こしていく。
ラストシーン、マルタのショップに嫌がらせをした、地域リーダーのハンニの息子が「伝統を大事に」との演説中、マルタは乗り込み、「あんたは美しいものがわかっていない」とマイクを奪う。そして会場にいるマルタの情熱に動かされた友人たちが次々と叫ぶ。
「見つけたの、生き甲斐を!」「喜びもね!」「そう生きる喜びよ!」
いつの間にかマルタのステキなランジェリーは村の若い女性たちにも広がっていて、この村の家父長制をひょいと乗り越えていく様は圧巻だ。
実はこの映画の監督は、ベティナ・オベルリという女性。
自分の祖母の経験を傍でみていて、「高齢者は周囲の人々から物事を決める権利をうばわれがちです。すると高齢者は、自分が弱くなったと必要以上に感じてしまい、諦めの気持ちや、孤独な、あるいは暗く寂しい気持ちで、人生が終わるのを待つようになってしま」うと感じたという(パンフレットより)。
マルタと友人たちの挑戦に、情熱に、こちらの心にもぽっと光が灯った。宝物にしたい映画だ。(登)
☆「マルタのやさしい刺繍」(2006年/スイス/89分)秋、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー☆
2008年7月22日火曜日
『蟹工船』の次は『キャラメル工場から』も必読
『蟹工船』が売れているという。作者の小林多喜二は、プロレタリア文学作家として有名だ。虐殺されて遺体が戻ってきたときに立ち会った人々の中に、ふぇみん婦人民主クラブの創立メンバー、佐多稲子がいたという。
このあと、プロレタリア作家は次々と逮捕され、佐多稲子の夫、窪川鶴次郎も逮捕され、ついには佐多稲子も連行される。 そこから偽装転向や戦争協力などが起きていくのだ。
ふぇみん7月25日号には、「佐多稲子『私の東京地図』文学散歩」の最終回としてこの時代の佐多を描いた「道」の章を歩いた、戸塚や馬場の界隈のことが載っている。
弾圧の象徴的事件が小林多喜二の虐殺だったのではないか。
さてそんな風に想っていたら、佐多稲子の『キャラメル工場から』という作品を思い出した。この作品は小学校にも通えずキャラメル工場で働く少女を描いた作品。この少女はもちろん、佐多さん自身のことだ。この作品は佐多稲子のプロレタリア文学作家としての地位を確立した作品と言われている。
事業に失敗した父、祖母、病気の叔父…家計の足しにと働く少女。厳しい労働です。
郷里の小学校の先生からの手紙を読んで、便所で泣く少女。
今の時代は児童労働はないかもしれない。しかし、学校に行くこと、教材費や高校の授業料を払うことが困難になっている子どもたちは増えている。
そんなことを思うと、「キャラメル工場から』も必読なのでは、と思う。 (衣)
このあと、プロレタリア作家は次々と逮捕され、佐多稲子の夫、窪川鶴次郎も逮捕され、ついには佐多稲子も連行される。 そこから偽装転向や戦争協力などが起きていくのだ。
ふぇみん7月25日号には、「佐多稲子『私の東京地図』文学散歩」の最終回としてこの時代の佐多を描いた「道」の章を歩いた、戸塚や馬場の界隈のことが載っている。
弾圧の象徴的事件が小林多喜二の虐殺だったのではないか。
さてそんな風に想っていたら、佐多稲子の『キャラメル工場から』という作品を思い出した。この作品は小学校にも通えずキャラメル工場で働く少女を描いた作品。この少女はもちろん、佐多さん自身のことだ。この作品は佐多稲子のプロレタリア文学作家としての地位を確立した作品と言われている。
事業に失敗した父、祖母、病気の叔父…家計の足しにと働く少女。厳しい労働です。
郷里の小学校の先生からの手紙を読んで、便所で泣く少女。
今の時代は児童労働はないかもしれない。しかし、学校に行くこと、教材費や高校の授業料を払うことが困難になっている子どもたちは増えている。
そんなことを思うと、「キャラメル工場から』も必読なのでは、と思う。 (衣)
2008年7月13日日曜日
貧困とジェンダーについて考える 反貧困キャラバンに参加して
反貧困キャラバン出発式が今日、埼玉県の浦和で開催された。私はシングルマザーの知人が、体験を話すので、付き添いで途中まで参加した。弁護士会や司法書士会など大きな団体がからんでいて、ちょっと堅苦しい感じになっていた。もっと当事者がいろいろからめるといいのにね。最初に5人の人が体験や実情を話した。日雇い派遣で働いていた金城さんは、100円のマスクでアスベスト除去の仕事をさせられて、日給5000円をもらったなど酷い状況を話していた。ホームレス体験から、ホットポットという支援団体に相談して今は働きながらアパート生活ができるようになった50代の男性と、ネットカフェ生活から、ホットポットの支援を受けてそこから抜け出せた、30代の男性などが話していた。シングルマザーの知人は、ダブルワークをやりながら、高校受験の子どもに無理しながら塾費用を捻出し、やっと公立に入れたらまた入学のときにお金が必要だったという体験から、教育格差の話をし、シングルマザーの生活と子どもの教育の問題を出せたのはよかった。
だが、会場にいながら、なんか…これって非対称だなあ…って思った。
2人の男性が仕事がうまくいかなくなり貧困に陥ったときに、妻と子どもたちと別れたと語っていた。彼らの体験は生々しい体験談だった。だが別れた妻や子どもたちがどう暮らしているのだろう、という心配や配慮の言葉はなかった。あるいは、将来、子どもに養育費を送ってやりたい、というような希望も語られなかった。
貧困に陥ったときに、家族を維持できなくなることがある。
そのときに男性片働きで家族を維持しようとするのか、あるいは共働きで家族を維持しようとするのかはその夫婦のジェンダー観による。この2人は聞いていると片働きを志向していたようだ。そしてそのほうが確実に家族が維持できなくなる限界は早くくる。(だって1人で19万円の稼ぎじゃ、家族4人は暮らせないよ)
そして、その別れ方がどうだったのかは分らないのだが、別れた子どもたちを自分が養育すべきなのだ、という発言はなかった。妻とのいざこざはつらい体験なので話せないのかもしれないが。
だが引いたところでみれば、彼らの陰に、成長期にありながら、もっと困難を抱えているに違いない、子どもたちと、母である女性がいるだろうということは…あるいは母も子を捨てているかもしれないけれど、子どもたちがいるだろうことはほぼ確実である。
そして支援の目指すべき方向は、もちろん、生活保護などの福祉を活用できることは言わずもがなであるし、妻との関係はともかくも、彼らが徐々に就労していくことで、毎月少しずつでも子どもへ養育費を送れるようになるところまでではないのかと思う。
まだもやもやしているのだけれども、貧困だから結婚できないといって「希望は戦争」という男性にも、また借金を抱え仕事がうまくいかなくなり妻子と別れてホームレスやネットカフェ難民になったと語る男性にも、似たようなジェンダー問題を感じてしまう。
そして、実は女性から否定されたり、女性から信頼されたり、という事柄が、その男性の自信やアイデンティティーに大きな影響があるようだ、と感じるからだ。そこが困ったものなのだが。
そうそう、弁護士会の人が「被害実態」と言っているのもちょっと違和感があった。
さらには、ワーキングプア男性が、シングルマザーをセーフティネットに使って宿と食事とセックスを提供させていたりすることも…あったりすることも私は知っている。それはその人の選択ともいえるが社会的にみれば一つの傾向として感じられるのだ。
ところで、6月5日号ふぇみんに渋谷知美さんが「『低収入だから結婚できない』への違和感」という論考を書いてくれている。これをワーキングプアのユニオンをやっている男性に見せたら、これはデータの読み方が違うなど、かなり激しく反応していた。
その後具体的に反論してほしいのだが、ないのがちと残念ではあるのだ。
(衣)
だが、会場にいながら、なんか…これって非対称だなあ…って思った。
2人の男性が仕事がうまくいかなくなり貧困に陥ったときに、妻と子どもたちと別れたと語っていた。彼らの体験は生々しい体験談だった。だが別れた妻や子どもたちがどう暮らしているのだろう、という心配や配慮の言葉はなかった。あるいは、将来、子どもに養育費を送ってやりたい、というような希望も語られなかった。
貧困に陥ったときに、家族を維持できなくなることがある。
そのときに男性片働きで家族を維持しようとするのか、あるいは共働きで家族を維持しようとするのかはその夫婦のジェンダー観による。この2人は聞いていると片働きを志向していたようだ。そしてそのほうが確実に家族が維持できなくなる限界は早くくる。(だって1人で19万円の稼ぎじゃ、家族4人は暮らせないよ)
そして、その別れ方がどうだったのかは分らないのだが、別れた子どもたちを自分が養育すべきなのだ、という発言はなかった。妻とのいざこざはつらい体験なので話せないのかもしれないが。
だが引いたところでみれば、彼らの陰に、成長期にありながら、もっと困難を抱えているに違いない、子どもたちと、母である女性がいるだろうということは…あるいは母も子を捨てているかもしれないけれど、子どもたちがいるだろうことはほぼ確実である。
そして支援の目指すべき方向は、もちろん、生活保護などの福祉を活用できることは言わずもがなであるし、妻との関係はともかくも、彼らが徐々に就労していくことで、毎月少しずつでも子どもへ養育費を送れるようになるところまでではないのかと思う。
まだもやもやしているのだけれども、貧困だから結婚できないといって「希望は戦争」という男性にも、また借金を抱え仕事がうまくいかなくなり妻子と別れてホームレスやネットカフェ難民になったと語る男性にも、似たようなジェンダー問題を感じてしまう。
そして、実は女性から否定されたり、女性から信頼されたり、という事柄が、その男性の自信やアイデンティティーに大きな影響があるようだ、と感じるからだ。そこが困ったものなのだが。
そうそう、弁護士会の人が「被害実態」と言っているのもちょっと違和感があった。
さらには、ワーキングプア男性が、シングルマザーをセーフティネットに使って宿と食事とセックスを提供させていたりすることも…あったりすることも私は知っている。それはその人の選択ともいえるが社会的にみれば一つの傾向として感じられるのだ。
ところで、6月5日号ふぇみんに渋谷知美さんが「『低収入だから結婚できない』への違和感」という論考を書いてくれている。これをワーキングプアのユニオンをやっている男性に見せたら、これはデータの読み方が違うなど、かなり激しく反応していた。
その後具体的に反論してほしいのだが、ないのがちと残念ではあるのだ。
(衣)
登録:
投稿 (Atom)
