2007年11月2日金曜日

KIの映画評 vol.13

子どもが主人公の映画ってその周辺のおとながどう描かれるかが重要だったりする。子どもが脇役でないことで、むしろ周辺のおとなたちが魅力的で際立つ存在に見えることがある。(KI)

■『ミルコの光』★★★★☆
 
 1971年イタリア、トスカーナ。10歳の少年ミルコは事故で両眼の視力を失ってしまう。
当時のイタリアでは盲目の子どもは、通常の教育を受けられず、両親と離れ、全寮制の男子だけの盲学校に転校させられる。そこで偶然彼が手に入れた1台の古いテープレコーダー、その機械を通して知る音との出会い、彼はみずみずしい感性で周辺の音を集め始める。

 この映画は、現在イタリア映画界の第一線で活躍するサウンドデザイナー、ミルコ・メンカッチをモデルにした実話。70年代初頭の自由を求める運動が大き なうねりを見せていたイタリアの社会の中で、視覚障害者に対する保守的な思い込みを乗り越えようとする主人公ミルコとその周辺のおとなたちが魅力的に描か れる。
 『ニュー・シネマ・パラダイス』や『ライフ・イズ・ビューティフル』につらなるイタリア映画らしい、いい映画だ
。舞台となる盲学校の生徒を演じるのは、 イタリア全土で行われたオーディションで選ばれた演技未経験の少年たち。目の見えない子、見える子ほぼ同数ずつキャスティングされ、撮影前のトレーニング 合宿では見えない子どもたちが見える子どもたちに、視覚に頼らずに外の世界を感じる術を教えたという。
 ちなみにミルコ・メンカッチは最近日本でも公開された1960年代から現代にいたる青春群像を描いた長編映画『輝ける青春』の音楽も手がけている。



■ 『この道は母へとつづく』★★★☆☆
 極寒の凍てつくロシアの大地、見渡す限り雪に囲まれたフィンランドとの国境近くの孤児院、映画はそこに遠くイタリアから一組の夫妻がやってくるところから始まる。
 映画の舞台となる2000年当時のロシアは、銀行や金融の破綻により、都会の通りにはホームレスの子どもたちがあふれ、その日一日生きのびるために路上 で働いていた。田舎の貧しい孤児院でアル中の院長と暮らす子どもたちにとって、その劣悪な環境から抜け出す唯一の方法は、裕福な養父母に引き取られていく ことだった。必死な目で養父母を迎える子どもたちと、院長とお金のやりとりをする仲買業者、べたべたした感傷を排した映像が胸を打つ
 イタリアの夫妻に選ばれたワーニャは、引き取られていく前に一人で本当のお母さんに会いに行くという無謀な計画をたてる。彼は自分に関する資料を読むために隠れて字を覚え、そして孤児院を抜け出し、冒険の旅へと…。
 ワーニャの周辺の人間たち、絶望し、開き直ってその日を暮らすおとなたちが、一途なワーニャの思いに引き込まれていく。映画の中で、束の間ワーニャに関 わるおとなたちのその表情やしぐさに彼らの重い日常、人生が見て取れる。そしてワーニャは最後にお母さんに会えるのだろうか。ロシアで実際にあったお話。

2007年10月31日水曜日

片づけたい女たち


三軒茶屋のシアタートラムに『片づけたい女たち』を見に行く。芝居とか見に行きたいから誘ってね、と言われていたのでFさんを誘っていっしょに。
もう最初の、舞台が明るくなってきて、ごみ、ごみ、ごみの山の部屋を見たとたん、笑いの渦。
なんでこんなに片づけられないんだろう。というかなんで女は片づけるべきと思ってるんだろう。あまりにも身につまされることだらけで、笑い通し。
きちんとやろうとするから却って何も片付かないとか。
ごみの山から出てきた茶碗のお茶を飲むときにためらったりとか、あまりに日常的な動作が繰り広げられる。
下手に分別したいとか、リサイクルをがんばろうとかするからさらに片づけられないとか。

さらにだんだん女たち三人三様の悩みが出てきて…怖くもなっていくのだが…。

この芝居は確実にフェミの芝居でした。
こんな風にフェミってひろがっているんだなあって観客の笑いを感じながら思った。

脚本は永井愛さん。
演出は木野 花さん。
そして達者な役者が3人。

帰ったら朝日新聞夕刊に劇評が載ってました。でもなんかピンボケ。

4日までやっているそうですが、満杯だったので入れないかな。


2007年10月7日日曜日

追悼・若桑みどりさん

10月3日、夜、都内の女性センターを出たところで、電話がかかってきて若桑みどりさんの死を伝えられた。まったく信じられない状態のまま家に帰りネットをみると訃報がでていたのだが、それから御通夜に行ってもなんだか信じられないままだ。
 
 「ふぇみん」ではごめんくださいに登場し、また大阪で50周年集会のときの講師をつとめてくださり、何度もふぇみん紙上に登場してくださっていた。特に 軍事化とジェンダーバッシングが軌を一にして私たちに襲い掛かってきたこの数年、戦争とジェンダーの問題で発言してきた若桑さんにお願いすることはたびた びあった。私もインタビューもさせていただいたこともあり、原稿をお願いしたこともある。

 下北沢のお気に入りの喫茶店で白い麻のシャツ姿でインタビューを受けてくださった若桑さんは怖くもあり(怖い人は結構好きなのでOKなのだが)なかなかに魅力的だった。

 しかしなんといっても思い出のいちばんは上野千鶴子さんの国分寺事件での若桑さんだ。2005年に国分寺市の市民が企画した講座の中で、上野千鶴子さん の講演案を東京都が中止させるという暴挙に出た。それはジェンダーフリーに触れる可能性があるという理由だった。ことの次第が表に出たのが翌年の1月。そ こでまっさきに手を上げ、これは言論弾圧であると声明を書き、賛同人を1800人以上集めたのは若桑さんだった。その行動力と勢いはすごかった。

 その後「ジェンダー概念を話し合うシンポジウム」シンポジウムは実り多いものであったが、それに巻き込まれ、本『「ジェンダー」の危機を超える!』(青 弓社)つくりでごいっしょした。お弟子さんたちの「チーム若桑」を動員しながらの猪突猛進ぶりは印象深い。世田谷カソリック教会での御通夜の席で息子さん が亥年でしたと語ったときに、こっそり微笑んだ人は多かったのではないか。ともかくジェンダー平等を実現しようという熱い思いに動かされ私も右往左往しな がら共に「闘った」。
 そんなストレートで、正直で、感情豊かな若桑さんのファンは年齢別なくいたと思う。
 
 さらに、東京都知事選の時には女性たちで浅野女性勝手連をつくり、集会はかなり盛り上がったのはこのブログでもご存知のとおり。4月のある1日、女性勝 手連が1日、宣伝カーとともに歩いたのだが、そのとき、路上演劇をするはめになってしまった。若桑みどり作の芝居は、シロクマ役若桑さん、ブラックタイ ガー役は私。巣鴨から銀座、原宿まで路上芝居した。このパフォーマンスはおっぱいパフォーマンスとともに賛否両論で果たして選挙に効果があったかは私もよ くはわからない。しかし、ともかくシロクマのかぶりものを入手し路上でタイガー(イシハラ)をやっつける若桑さんは真剣だった。
 
 『戦争がつくる女性像』(筑摩学芸文庫)『お姫様とジェンダー』(ちくま新書)は入門編としてぜひおすすめしたい。また『女性画家列伝』(岩波新書)も まだamazonで入手できるようなので私もこれから読んでみたい。美術史家としての著作は多数あり、少しずつ読ませてもらいたいと思う。

 彼女は研究者であり、アクティブな研究者だった。本来すべてのジェンダーにかかわる人がそうであってほしいと私たちが願うところを、まったくちゅうちょなくやっていた人だった。そういう人が少ない中で、明らかに貴重な人だった。

 今年の夏は暑かった。その夏に大きな仕事をまとめられていたと聞いている。
 なんでまた逝ってしまったのだろう、そんな若桑さんの代わりを出来る人はいないのにと思う。

 ともかくごいっしょした行動のあれこれは楽しい思い出となっている。シロクマ姿の若桑さんを頭の片隅で思い出しつつ、もういちど本棚の『お姫様とジェンダー』を手にとって、若桑さんの死を少しずつ受け止めるしかない。

 そうそう、若桑さんは赤い薔薇に囲まれているのではないかと想像していたが、白と薄いピンクの薔薇に囲まれていた。(衣)


2007年9月3日月曜日

KIの映画評 vol.12

 今回は、公開が始まるホットなドキュメンタリーをふたつ。
一見全く違う趣の映画なのだけれど、見終わった後に共通の思いがわいてくる。権力から重い被害をこうむった人が、人間への信頼を取り戻していく、率直で愛 情あふれる人間関係で人が変わっていく…、2作とも、その過程が映像を通して体験できると言ったらいいのだろうか。こんな世の中だけど、こんなふうに関わ り合える、人間ってそう捨てたもんじゃないと思えてくる。(KI)

■『オレの心は負けてない―在日朝鮮人「慰安婦」宋神道の闘い』★★★★☆
 朝鮮の忠清道で生まれ、16歳の時だまされて中国に慰安婦として連れて行かれ、敗戦後、
再びだまされて日本に渡り、半世紀にわたり、過酷な暮らしの中で 心の傷を深めていった宋神道さん。宋さんが、「支える会」のメンバーと出会ってからの10年を映画は追っていく。裁判に踏み切る過程の中で動揺し、不安を ぶつける宋さん。とまどいながら宋さんの気持ちを受け止め、建前でなく真っすぐに向き合うメンバーたちの率直な語りがいい。メンバーたちと宋さんがお互い の気持ちを確かめ確かめしながら信頼関係を築いていく姿がていねいに語られ、この「在日慰安婦裁判を支える会」の10年の重みが説得力を持って伝わってく る。宋さんが自分の受けた被害を語っていくこと、そしてそれを聞いてくれる人がいること、その人たちが逃げずに向き合い続けてくれること。裁判をたたかっ た10年の中にそういう時間があったからこそ、宋さんが裁判の敗訴にも「オレの心は負けてねえ」と語れる今を獲得できたのだと納得できる。
 宋さんに謝罪も補償もしようとしないこの国や、裁判所に怒りがわくが、この10年の「支える会」との出会いの中で、宋さんがかけがえない人間関係を得 て、心に受けた被害を回復していくこのドキュメンタリー、魅力的な宋さんのキャラクターと共に一見の価値あり。今後各地で自主上映、ネットで調べてみて。


■『ミリキタニの猫』★★★☆☆

 ニューヨークに住む80歳の日系人路上画家ジミー・ミリキタニ。このドキュメンタリーの監督、リンダ・ハッテンドーフが毎日歩く路上で彼はいつも絵を描 き、その絵を買わない限り施しも受けない誇り高きホームレスだった。2001年9月11日、ツインタワーが崩れ落ちる緊張状態の中で、咳き込みながらそれ でも絵を描き続ける彼を見て、リンダは思わず彼を自分のアパートへ招じ入れ、その日から2人の奇妙な共同生活が始まる。
 戦争中、日系人強制収容所に送られたため、アメリカに抵抗して自ら市民権を捨てたジミー。強制収容所での痛ましい記憶、決して忘れることの出来ない怒り、癒えない傷。ジミーは長い間、心の中でたったひとりの孤独なたたかいを続けていた。
 リンダは手をつくして47年前にジミーの市民権が回復していたことを明らかにし、彼の社会保障番号を探し当てる。彼は老人ホームへの入居が可能になり、 離ればなれになっていた姉の生存を知る。孤独で頑固な彼をサポートするリンダの行動が自然でとてもいい。彼に向き合う時の飾らない率直な態度。それは、1 作目に紹介した「支える会」のメンバーたちの宋さんに対する態度に通じるものがある。
 ジミーは、彼が以前収容されていたツールレイク強制収容所の跡地をリンダと共に訪れる。そこでの過酷な生活の中で幾人もの命が消えた。記憶をたどりながら彼はつぶやく。「もう怒ってはいない。通り過ぎるだけだ。思い出はワシに優しかった」


2007年9月2日日曜日

イルダ記者との交流会

昨日はイルダ記者との交流会でした。
ソウルの竹下通りと表参道がミックスしたようなインサドンという通りの伝統茶のお店で懇談会。
4ヶ月の記事提携はふぇみん→イルダの記事のほうが イルダ→ふぇみん よりも多いのですがそれは、紙媒体とネットの制約の違いなので、仕方ないかなと。
お互いが刺激になっていることもわかりなかなかおもしろかったです。
またネットの活用についても意見交換しました。
その後移住労働者の映画祭に立ち寄りました。
外国人労働者の研修生問題で裁判の判決があったとのこと。
映画祭のパーティも熱気にあふれていました。
それにしても、通訳してくれているスンミさんは大活躍。でも話したりないことばかりで困ります。

今日は写真なし。というかカメラを忘れた一日だったのです。